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シナモンタルトできたよー!

『Dolly Dress Book 手づくりの小さなお洋服』の裁断済生地付きのものを買って3~4日ほどかけてちくちくしてました。ボ、ボンネットとかリボンとか作ってないけどもうこれでいいよねパトラッシュ…(最初の画像のほうが実物に近い色合い)妖精肌ユノア・さくらもちルシスにユノア用OFの『A Cinnamon Tart』というワンピースを作りました。大きい胸に付け換える予定は今のところないので通常胸サイズの型紙で、ミシン壊れてたの...

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グロースターのリッチー、ごはんぬきにされる

(#゚ー゚)「リッチー!パパの大切な短剣をどうしてこっそり持ち出したりしたの?危ないでしょ!」(;´・Д・`)「お、おともだちに見せようと思って…パパはまけいぬなんかじゃない、りっぱでつよい人        だったんだぞ~って言いたかったの」(#-ー-)「……そうね、パパはイングランドじゅうの貴族の誰よりも立派で強い人だったわ。      あんな精神薄弱な国王陛下よりもパパやエディのほうがずっと王位にふさわし...

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アラス条約後~薔薇戦争覚え書き

百年戦争の対フランス主戦派と対フランス和平派およびランカスターとヨークの争いに関するまとめをざっくりとイングランド摂政グロースター公ハンフリー・オブ・ランカスター(主戦派)とウィンチェスター司教ヘンリー・ボーフォート(和平派)で争う→ハンフリーとボーフォート枢機卿の死後、ヨーク公リチャード(主戦派)とサフォーク伯ウィリアム・ド・ラ・ポール(和平派)で争う→サフォーク伯勝利、マルグリット・ダンジューを...

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立体のハリィさん(テューダー朝イングランド王ヘンリー7世)

ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&Aと略)にあるとかないとか、ヘンリー7世の彫像。2月に入ってやたらヘンリー7世をネタにした記事が多いぞ…個人的にハリィに対しては何の興味もないのに。ウェストミンスターにあるとかないとか、こちらはデスマスクを元に作成した彫像らしい。見た瞬間に『ちょ、髪…』と思ったのは秘密だ!これじゃハゲてるようにしか見えないよ、せめてウィッグとかかぶせてやろうよ!加齢に従って...

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ばれんたいん後日譚(改)

※2月16日に投稿した記事を少々改変しました。(´・д・`)ノ「あ、ヘンリーくん。14日はチョコもらえた?」( ´_ゝ`)「当然だろう。男なら1つはチョコをもらえて当たり前だ」(;´_ゝ`)(…と言っても母者からだがな…ベシーからは何ももらえなかったし)(*´・д・`)「やっぱそうなんだー。僕ね、アンヌさんからしかもらってないんだけど9個も作って        くれたんだよ!チョコフォンデュとかブラウニーとか生...

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薔薇戦争と言うべきか、百年戦争というべきか。

~フランス(というかブルターニュ)~( ,,゚Д゚)「アリィくんは素直ないい子だよ、どこぞの無鉄砲なブルゴーニュのシャルルや糞親父とは大違いだ」( ´_ゝ`)「母方のボーフォート家はエドワード3世王の血を引く流石な家系、父方のテュードゥル家は       ウェールズ王家の末裔ですので、おr…私も育ちがよいのです。       陛下の威光でブルゴーニュなど一ひねりにできましょう」( ,,^Д^)「ギコハハハ、嬉しい...

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ヘンリー7世はイケメ…ん~…(3)

(*以下は『私の英国史』で紹介されているジェイン・オースティンによるヘンリー7世評の引用になります)この国王は即位後ただちに、ヨーク家のエリザベス王女と結婚した。この縁組によって、王は自らの王位継承権がエリザベスのそれに劣るものと考えていることをはっきり証明してしまったものの、実際には全く逆であるかのごとく装っていた。この結婚から、王は2人の息子と2人の娘をもうけたが、上の娘はスコットランド王のも...

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ヘンリー7世はイケメ…ん~?(2)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~(*以下は『私の英国史』で紹介されているフランシス・ベーコン著『ヘンリー7世の生涯』からの引用です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~彼は尊大な精神の持ち主で、自己の意思と自己の流儀を尊重した、われとわが身を頼む者の常として、実際に自ら統治しようとしたの...

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ヘンリー7世はイケメ…ん~??(1)

以下は福田恆存著『私の英国史―空しき王冠』のヘンリー7世の項を抜粋。本文は旧字体で訳されていましたが、わかりづらいので新字体に置き換え。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~もし神が正義のために戦う者の上に勝利を齎したまうなら、確信を持ってわが同志、わが友に告ぐ、常に慈悲深き神は、今日こそ、かの驕り高ぶる敵、傲慢な反逆者に対してわれらの輝かしき勝...

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バッキンガム公は二度死ぬ

リチャード3世 イングランド王、在位1483年-85年。伝説では王位を略奪した殺人鬼だが、最近はこうした見解が見直され、リチャード評のほとんどはランカスター家の言い分によるもので、実際には、野望同様、本能的な自己防衛に駆り立てられていたのではないかと考えられている。リチャードは1452年、ヨーク公リチャードの末っ子として生まれた。エドワード4世の忠実な弟であり、エドワード追放(1470年)の際には...

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minomushi106

Author:minomushi106

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